ホテル、日本料理店、レストランなど、さまざまなサービスを提供している株式会社龍名館様は、ウィルPMの職人育成プログラムを導入しました。プログラム導入の担当である取締役の水野氏に、プログラム導入の背景と経緯、プログラムへの評価、導入後の変化などについて詳しく伺いました。
「人を合理的に育てるメソッド」を探し求めていました。
ウィルPMのプログラムを導入した経緯
2012年頃に、あるビジネスセミナーのゲストスピーカーとして石田淳さんが登壇し、講演を聞いたのが、そもそものきっかけです。
当時、私たちは「人を合理的に育てるメソッド」を探し求めていました。 例えば、日本が誇る素晴らしい概念のひとつに「おもてなし」がありますよね。けれども、具体的に何をすれば「おもてなし」なのか? 勘や感覚というひと言で片づけるのではなく、周りの人間が反復・習慣化できるように、言葉などで具体的に教えられる人がなかなかいない世界だったのです。
行動科学なら、「おもてなし」といったマインドも具体的な「メカニズム」に出来るのではないか――お話を聞きながらそう感じました。
そこでさっそく石田さんの著書『教える技術』を手に取り、読みました。教え方が非常に具体的に書かれていましたね。なかでも最も感銘を受けたのは「シンプルにしなければ、人はやりこなすことができない」という点でした。複雑に伝え過ぎてしまうところに、人が育てきれない原因があるのではないかと感じていましたから。すぐに連絡を取って当社で講演をしてもらい、その直後に導入を決めました。
一刻も早く職人本来の「創造性」を発揮できるステージへ
導入前に抱えていた課題
私たちのグループでは、日本料理店「花ごよみ」や「ホテル龍名館」などで日本料理を提供しており、職人が多数在籍しています。
和食の基本技術を土台に、お客様を感動させる創造性を発揮する――それが私たちのグループの求める料理職人像です。
包丁研ぎ、大根剥き、じゃがいも洗いなどの地道な基本作業はとても大切で、それらが出来なければ一流の職人にはなれません。野球で言えば、キャッチボールの出来ない人間が一流選手になれないのと同じです。
ただ、職人の世界には、料理の技は「教える」ものではなく「盗め」という考え方が根強く残っています。「師匠の背中を見ろ」という言葉に象徴されるように、精神性が重視されて、10年修業してやっと一人前になる世界なのです。
けれども、より合理的に教えることができれば、10年よりもずっと短期間で一人前の技術を習得できるのではないか、と思っていました。
また、料理人の世界は、離職率が非常に高い世界でもあります。料理学校を卒業し、志を高く掲げて入ってきた若者でさえ、モチベーションが続かずに途中でやめていってしまう。そんな若者たちに一刻も早く基本技術を習得させてあげたい、そして職人本来の創造性を発揮できるステージへ到達させてあげたい、とも思っていました。
ちなみに、この考え方は、マーケットの視点からも理に適っていると思っていました。変化がめまぐるしく、事業展開にスピードを求められる現代においては、「10年かけて一人前に育てる」という旧来の考え方では、マーケットから取り残されてしまうという強烈な危機感がありましたから。
マインドと具体的なスキルを継承する「職人育成プログラム」
どのようなプログラムを導入されたのか?
2014年に職人育成プログラムを導入しました。
まず、総料理長の基本行動を再現化できるよう、「行動分解」することから始めました。そして、総料理長の下にいる料理長に対してウィルPMのスタッフの方がコーチング的に関わってくださり、チェックリストを作成しながら大事な行動を身体に馴染ませていきました。
また、大事なポイントを押さえて、1枚のクレドを作成しました。細部に注意を向けられる人でなければ、繊細な料理は作れません。クレドにある「四隅」とは、職人の精神を象徴した言葉です。
こうして、さまざまなステップを踏みながらマインドと具体的なスキルを両方共有していきました。
大事な行動を身体に馴染ませていく作業は、とかく地味なものになりがちです。けれども、ウィルPMさんのプログラムは、自分たちで新メニューを開発するワークを盛り込むなど、随所に楽しさを感じられる工夫がされていました。
ベテラン職人に「教えることの重要性」が理解され始めた
導入直後の状況について
正直に言えば、導入当初は、ベテラン職人たちからの反発がありましたね。ただ、彼らも意地悪くそう考えていたわけではありません。自分たちが上の人間から教えられて育ってこなかったので、「若い職人たちに教えてあげてほしい」とお願いしても「いや、こちらから教えたら育たないだろ」と考えていたわけです。
そこで、「いや、基本的なことを教えなければ、考える材料が手に入らないのでむしろ育たないんです」ということを粘り強く伝えていきましたね。
また、最初は、ベテラン職人に暗黙知を言葉にしてもらうことでも苦労しましたよ。「その包丁使いを『MORSの法則』(※)で説明するとどうなりますか?」と聞くと、「それは『シュッ』としか言えないだろ」というやりとりは何度もありました。
それでも「職人さんたちが徐々に受け入れてくれるようになる」という説明をウィルPMさんから事前に受けていたので、私のほうでは気持ちが折れることなく続けることができました。実際、教える側のベテランにも「具体的に教えることが大事なんだ」という認知変換が徐々に起きてきました。
逆に、若い人たちは「早く教えてほしい」という思いが強かったので、導入を歓迎してくれましたし、プログラムに馴染むのが早かったですね。
「成果の出る行動」を評価する組織となり、離職率は劇的に低下
導入後に見られた変化
全体的に行動が「見える化」されたことで、さまざまな変化がありました。
教えられる側にとっては、行動分解によって「自分は何が出来ていて、何が出来ていないか」がわかりやすくなり、自分自身の課題が見えやすくなりました。 また、何を頑張ればいいのかが明確になったことで、社内の競争原理も働きやすくなりましたし、自分がどの位置にいるのかも明確にわかるようになりました。
現在、当社では、年次にかかわらず能力のある人を引き上げていき、裁量権を広げていくことに取り組んでいます。本当の意味での成果主義は、「長く働いている」「汗をかいて働いている」「相性が良い」など、あいまいな部分で評価「本当に貢献しているか」の定義を明確にして評価する必要があります。そういった意味で、教える側・評価する側にとっても、行動科学で「見える化」したことにより、「成果の出る行動をしているかどうか」でしっかり評価できるようになりました。
事実、導入してからの約3年間で若手の離職率は顕著に下がりました。それまでは他の料理店と同じく離職率の高い職場でした。けれども導入後は、やむを得ない事情で辞めた者以外は全員在籍し、活躍してくれています。
龍名館グループが世界展開する上での必須のメソッドへ
今後の構想について
次に目指したい段階は、マネジメント層の育成、社内トレーナーの育成ですね。行動科学のエッセンスを身につけた人間が、グループを横断しながら〝自前〟で次の人材を育てられるのが理想だと考えています。
非常に明快でわかりやすい言葉を使うところが、行動科学の大きな特長です。
また、仕事の分解のしかた、トレーニングのしかた、評価・検証のしかたなど、内容に差異はあっても、基本はすべて同じシステムで教育できる――そこが「再現性」のある行動科学の強みだと思っています。汎用性があるので、どんな職種の人間の育成にも非常に役立つんです。
日本料理の職人たちの他にもホテルのサービス担当、グループの広報担当など、グループの各部署からさまざまな人間がウィルPMさんの研修を受けています。実際、私どものグループでは、行動科学を現場の運用の核と位置付けています。
今後、「1899ブランド」を世界各地でフランチャイズ化していく構想があります。そんな中、私たちは現地オーナーやオペレーターに対して行動のしかたを明確に伝えていく必要性をますます感じています。我々龍名館グループがさらに発展していく上で、行動科学は必須のメソッドですね。